老眼鏡
日常をマクロで映す 2009.3.9
2年くらい前から、すっかり老眼である。
もともと目はよくて左右とも1.5~2.0だった。でもそういう人のほうが老眼にはなりやすいらしい。疲れてくるとどうにもいけない。近くのものだけが見えないのだ。書類も読めない、DSもできない。これじゃあ仕事にならないなと、目を休ませるという口実で昼寝してしまったりする。あとは飛行機の中で入国書類なんかを書くときもいけない。揺れも手伝ってミミズのような文字ができあがってしまう。
そんな状況を打破すべく、抵抗はあったものの老眼鏡をかけることにした。これがスゴイのだ。本当によく見える。手近なものがクリアに鮮明に浮かび上がる感触。カメラのレンズ越しに風景を見つめなおすのに似ている。日常の光景のはずなのに、そこにはマクロ撮影されたかのような非日常感が漂うのだ。見え方が違うと意識も集中する。それによって、そのものの質感から伝わってくる真意も変化してくる。
たとえば、最初は画期的と思いつつ「でもこれは?」とアイデアがすこし陳腐に思える時は老眼鏡をかける。企画書の文字がくっきりと映り、それがなぜダメなのか見えてくる。その中にひそむ良い部分も浮き上がる。視界の眼鏡というだけでなく、思考の眼鏡でもあるのだ。

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